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一本のムクロジとトタン葺きの恩田薬師堂

一本のムクロジとトタン葺きの恩田薬師堂

 徳恩寺の近くに一本のムクロジとともにトタン葺きの恩田薬師堂がある。正式名称は高野山真言宗瑠璃山医王寺薬師堂で、元は徳恩寺の末寺である。堂の窓より覗くと、狭い堂内が見え、中央に薬師三尊、左右に十二神将像が安置されている。医王寺は奈良時代の僧行基を開山とし、薬師如来立像も行基の作と伝えられるが、権威付けにこう言う高僧に由来させる伝承は多い。脇侍の日光・月光菩薩立像は江戸時代の作で、十二神将像は正徳4年(1714年)に、京仏師・堀田式部によって造られたたことは分かっているようだ。

 「新編武蔵風土記」によれば、開山は永正3年(1506年)印興和尚と記されている。郷土史研究家の藪本隆氏によると、初めは恩田村の一小庵として早創され、寺として本堂などが建立されたのが室町時代の半ばで、何時の頃か無住となり、後荒廃しながらも近くの徳恩寺が僧職を兼務しながら現在に至っていると言う。

 江戸時代から行われている「武蔵寅歳薬師如来霊場巡り」の第15番札所で、12年に一度開帳され、特に眼病に効くと言われている。また毎年10月12日には徳恩寺住職による護摩法要が行われているようだだが、未だその機会に接していない。

 天辺に擬宝珠のつくトタン張りの簡素な御堂づくりは150年程経つと言われるが、狭い庭の造りも無造作なもので、めぐりに樹木もなく、お寺の維持が精一杯と言う印象を受けた。

(文: 山本 文義, 写真: 山田 剛一)