あおば百景

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開発で裸になった成合の子の神社

 市が尾より谷本川沿いに青葉区庁舎を見て、稲荷前古墳のある森とつづく緑の丘陵を眺めつつ行くと、常磐橋に出る。橋より環状4号線を青葉台方面に向かい、成合(市が尾駅より青葉台駅行で成合バス停下車)の信号を右折すると、すぐ近くの一際小高い丘に、子の神社がある。石段をのぼり鳥居を潜ると、正面に本殿、直ぐ右手に社務所がある。

 開発でまわりは住宅がひしめいていて、樹木の少ない境内には古い桜の大樹がひとつ歴史を物語る。碑によると、祭神は大国主命と木花咲耶姫命とあるが、明治期に近くの浅間神社(木花咲耶姫命)を合祀したようだ。更に杉山神社との合併命令があり、抗してこの社を守り抜いたとあるが、都市化の流れには抗せず土地を売り今の社殿に改築。狭い境内には区画整理で集められた地神塔、庚申塔なども安置される状況である。

 御神体の鏡は盗難にあい今は木製であると言うが、鏡と言えば天照大神を思うが、ここの祭神は大国主命である。大国主命は中世以降仏教の守護神大黒天と習合し、五穀豊穣、縁結びなどの御利益が期待されて甲子の祭りが行われて子の神社。根の神社とも言うのは大国主命の根の国に由来すると思われる。

 また成合という地名もイミシンである。旧成合村の地形が成り合っていたから、また17軒しかないのに宗派が四つと混合しているからとか説があるが、この祭神も成り合っているのか。ひょつとすると、鏡は明治期になって置いたのかも知れない。

 神社の入口の右手にお地蔵さんがあり、墓地がある。お地蔵さんには、近くで発掘された欠けた板碑ふたつが立てかけられている。墓地は開発に伴って、屋敷墓をこの地に集めた集合墓地という。知人の郷土史研究家の綾部さん宅の墓もある。綾部さんは自らを渡来系と称して、関東では秦野に綾部姓が多いという。今は新しい移住民が大勢やって来て、青葉区の歴史が変わろうとしていると、思いを巡らすのも探訪の楽しみである。

(山本 文義)